
蘇我氏の氏寺で、本格的な私寺としては日本最古の法興寺を前身とする。現在の正式名称は安居院(あんごいん)で、飛鳥寺は呼称である。法興寺は、崇峻天皇元年(五八八)に百済から仏舎利を献じられた事により、蘇我馬子が建立を発願し、推古天皇四年(五九六)に完成したと伝えられる。当初の伽藍は、五重塔を囲んで中金堂、東金堂、西金堂が建つ一塔三金堂式の壮大なものであったことが発掘調査の結果分かっている。現在の本堂は、江戸末期に再建されたもので小規模となっているが、本尊は通称飛鳥大仏として広く知られている。飛鳥大仏(銅造釈迦如来坐像)は、止利仏師の作で推古十四年(六〇六)完成したものと伝えられる。鎌倉時代の火災で大きな損害を受けているが、表情には飛鳥彫刻の特徴が伺える。同じ止利仏師作の法隆寺金堂・釈迦三尊像と似た印象を受ける。

また、飛鳥寺の西側に「入鹿の首塚」として五輪塔がたてられていた。大化の改新の担い手となった中大兄皇子、中臣鎌足によって暗殺された蘇我入鹿が祀られているのだが経緯は定かでない。
二日目の研修は以上、斑鳩から飛鳥へと古代の神秘的な文化を感じることができた。
